バリ島に移住して10年以上が過ぎました。
もうすぐ50歳という、大きな節目を迎えようとしています。
おひとり様の私にとって、友達は本当に大切な存在です。 でも、大切に思えば思うほど、その関係性に悩んでしまうこともあります。
ふと感じる、友達との「距離」の変化
バリ島で10年暮らしている間に、人間関係も少しずつ変化していくのを感じます。
あんなに頻繁に会っていたのに、いつの間にか連絡が途絶えてしまったり。
大好きだったはずなのに、なんだか会話のテンポが合わなくなったり。
大人になってからのそんな「距離の変化」をたどってみると、いくつかの理由が見えてきました。
(1)ライフステージの移り変わり・・・結婚、子育て、介護、引越し。環境が変われば、共通の話題も減っていきます。
(2)価値観の変化・・・ なんとなく今の自分とは違うな、と自然に離れていく。
(3)傷つき、こじれるパターン・・・これが一番切ないものです。どちらかに悪気があるわけではないのに、嫉妬や噂、言葉のすれ違いでこじれてしまう。

YUKI私自身、バリ島へ移住したときは、物理的に会えなくなることで疎遠になる寂しさを味わいました。
そして、どちらかが自然に離れていく状況になると、残された側はついこう思ってしまいがちです。
「私って、どこか人として欠陥があるのかも……」
変わっていく人間関係を仕方ないとは思えず、自分に原因あるかもと勘繰ってしまう。
最近、そんな思いをポロッとこぼしたとき、友人が間髪入れずに言ってくれました。 「えっ、私もそうだよ!」


その一言に、「自分だけじゃないんだ」と思えて、心がすーっと安堵していくのを感じました。
海外だからこそ感じる「フラットな繋がり」


バリ島での人間関係は、日本とは少し違う独特な空気感があります。
「ママ友」「バリキャリ」といった肩書きで繋がる感覚があまりありません。 相手のバックグラウンドを横に置いて、ひとりの人間としてフラットに仲良くなる感覚です。
そして、もうひとつ欠かせないのが「助け合い」です。


やはりここは異国。
日本とは勝手が違うことも多く、在住歴が長い人の知識や優しさに助けられる場面が多々あります。



助け合いが欠かせない環境だからこそ、相手への「礼儀」と「ほどよい距離感」は、大切にしたいです。
なぜなら、「良かれ」と思ってしたことでも、踏み込みすぎれば、ときには「ボタンの掛け違い」を生んでしまうこともあるからです。
相手の領域を尊重し、深追いをしない。 そんな心地よい距離を、今も探り続けています。
弱っているときに染みた、ある言葉
そんな「助け合い」の温かさを、身をもって実感した出来事がありました。
怪我をして動けなくなってしまったときのことです。
おひとり様の私にとって、動けないことは死活問題でした。
そんなとき、ある友人がこんな言葉をかけてくれたんです。
「気が向いたときでいいから、ふらっと来れそうだったら連絡して。さっと食べて帰るだけで全然いいから」
「無理しないでね」という優しさの一歩先にある、押し付けない温かさ。
「来なくてもいい、でも来たくなったら来ていいよ」という心の余白。


その温度が、弱っていた心にじんわりと染み渡りました。
実際に食べ物を届けてくれる友人もいて、彼女たちの存在がなければ、あっという間に根を上げていたかもしれません。
人間関係を憂うより、温かさを届けられる人へ


生きていれば、離れていく縁もあります。
でも、それを必要以上に憂う必要はないのかもしれませんね。
今の私が目指したいのは、誰かと離れた理由を探すことではなく、 誰かが困っているときに、あの友人のような「温かい余白」を届けられる人になること。
そんなことを考えながら、バリ島での毎日を丁寧に過ごしていきたいと思っています。
バリ島暮らしにまつわる記事はこちら



それではまた次の記事でお会いしましょう









